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2005年10月

2005年10月30日 (日)

星矢 やっぱり新キャストなのね・・・

※2005.09.05初稿

今日、ラジオの公開録音イベントで、ついに聖闘士星矢の新キャストが紹介されたようです。
公式にはラジオ番組が放送になる9月18日が正式発表だとのことですが。

東映アニメーションに「聖闘士星矢 冥王ハーデス冥界編 前章」公式サイトが出来ました。

前章ってのがちょっと笑えてしまいます。
こうやって人の顔色伺いながら、ぶった切り制作をしていくんでしょうか?
この場合、1章、2章と進んでいくのか?
前章・後章って言い方はないよな。

望みは捨てたくないけど、なんだかもうどうでもよくなってきました。
だって、制作サイドの本音がこれってことでしょ?
万が一ファンの声が届いて、何らかの路線変更があるにしても、それって制作サイドとしては「不本意」ってことで。
そんな不本意な姿勢で、よい作品が出来るとも思えないし。

だから、やっぱり私たちの待ち望んでいた星矢は永遠に未完なんですよ。
それを引きずって、今後は原作者を含めた制作サイドを見るしかない。
ま、相手にとっては痛くも痒くもないでしょうけど。

オールドファンだからこそ、20年も星矢を支持してきたと、いちのせは思うんですが。
昨今の流行に敏感なお嬢様たちが、いつまでもひとつの作品にこだわっていてくれるはずがない。
しかも10年以上のブランクがあってもなお、同じ作品を支持し続けるしぶとさを、制作サイドはお嬢さんたちに期待しているのだろうか。
それとも、長いスパンは必要ないから、今お嬢さんたちに受け入れやすいキャストに変更してしまったのか?
実際、今日のイベントも大半はお嬢さんたちの黄色い声の渦だったようですし。

いずれにせよ、奇跡が起きない限りは「終わったな・・・」というところです。
私たちは嘆きの壁をこえられなかったってことか。

新キャスト作品は新作としてがんばってください。

久々に星矢本、作りたくなったなぁ。

◆追記◆

この問題に絡んで、「機動戦士Zガンダム Ⅱ」における声優交代問題が引き合いに出されますが、いちのせはまったく別物だと考えています。
Zにおいては、フォウ・ムラサメのキャストをめぐって、テレビで演じた島津冴子さんに対して音響監督が不可解なコンタクト方法にこだわった結果、島津さんはすでに引退したとの誤報まで監督に伝えられて、オーディションを受ける機会すら与えられなかった・・・というのが島津さん側の言い分のようですが、いちのせとしては「役を得るために何らかの活動をしていなかった島津さん側の怠慢」だと考えています。

テレビで演じたからといって、役は既得権ではない。
だから、たとえば役を得るためなら何だってやる、という若手に役をさらわれても仕方がない。
島津さんはフォウ役を得るために、何らかのアクションをおこしてこられたでしょうか?
「映画化されるとは思わなかったから」もしくは「二度と演ずる機会があるとは思わなかった」のが本音ではないですか(たとえ単発でゲームの声は当てていたにしても)?

一方、今回の古谷さんは、とにかくことあるごとに星矢の制作が開始されるよう、そして自分が再びペガサス星矢を演じることが出来るよう、アピールし、ファンに呼びかけを絶やさずにきました。
役は既得権ではないのだから、絶えず自分が星矢をやるのだと訴え続けてきたのです。
本当に再度映像化される望みがあるのかすらわからないままテレビ放映が終了して、10年以上もです。
だからこそ、ファンは星矢が再開されると聞いたときに、青銅聖闘士たちの声が変わるなんてことは露ほども疑わずに喜んだのです。
古谷さんの活動なくしては、星矢はとっくの昔に「昔のヒット作のひとつ」として、埋もれてしまっていたはずです。
それはアニメ終了後の原作の凋落振りを見れば明らかでしょう。

原作者がどんなに胸をはっても、アニメなくして原作のヒットは続かなかったのです。
が、制作サイドは両輪の片方を切り落とした。
新しい車輪は、古い車輪を支えていってくれる存在でしょうか。
いちのせには、バランスを失った両輪が軋んでいく姿しか想像できません。

◆2005.10.30追記◆

いちのせとは正反対の評価をなさっている方を見つけました。

一方、「聖闘士星矢」の声優さん交代の件は、島津さんのケースとは、ぜんぜん違うと考えます。なぜなら、星矢の場合は、当事者間で、話し合った結果、新キャストを決めている(らしい)からです。充分な議論、オーディションを尽くして、新しい作品を作る。これが普通の「仕事」ですよ。創作ですよ。ゼータガンダムの音響監督とは違い、星矢の製作者は、演じたいという意欲のある声優さん方と、意見を闘わせられた。下ろされた方は、愉快でないに決まっています。愉快でない思いを、仲間内で感じても、作品を作るためなら、いとわない。これこそ創作、「仕事」でありましょう。星矢のことは、古参ファンとして残念ではありますが、現場が決めたことですから、新・声優版が出来ても、それはそれ、ではないかしら。ゼータガンダムの島津さん問題は、ぜんぜん、違う。当事者間で話し合わずに、キャスト決めちゃってるんだから!

ガラリアさん好き好き病更新履歴 - 聖闘士星矢 声優交代について~拍手レスぽん酢~から。

なるほど、こういう見方もあるのかと思いました。
ん~、やっぱりいちのせのはまだまだ感情論かなぁ。

でも、こういう作品っていうのは感情で見るものだから。
研究のために理路整然と見るものではないので、感情論でも仕方がないか、とも思います。
もちろん、それによる迷惑行為は論外ですが。

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2005年10月22日 (土)

水木御大ご来館!

本日は水木しげる記念館に御大がご来館。

実はいらっしゃるというのは1週間ほど前に伺っていたのだが、今回はプライベートでゆっくりとしたいという先方の意向で、緘口令が敷かれていた。
で、本当は昨日いらっしゃるという話だったのだが、何事もマイペースな御大のこと。
今日のご来館となった。

が。
本日は事務局長は公休日だし、館長は大阪に出張してるし。
事務室はいちのせ一人しかいないのよ!?
ちょっと、あんまりじゃない!?

と思っていたら、大阪出張の館長が帰ってすぐに記念館に出勤してくださいました。
そのあとすぐに御大のご来館。
館長がいてくださってよかったよ~!

ロードは昨日暗くなってから街灯の明かりなどを楽しみながら歩かれたそう。
今日は竹内団地のPLANT-5を見たり、その近くで大きな鬼太郎の看板を出している飲食店を見学したり、鬼太郎のイラストが描かれたガントリークレーンを見学したりしてきたらしい。
御大はちょっとお疲れ気味で、暖かい事務室で椅子に座ってうつらうつらと居眠り。

熟睡していただいても困るので(^_^;)、いちのせの事務机の引き出しから「こーんなこともあろうかと」大切にしていた鬼太郎の主題歌レコードを取り出して、御大にサインを入れていただく。
「これはアンタ、珍しいもんですよ」と御大自らのお言葉。
サインの「る」の字がぐるぐるとご機嫌よく巻いております。
いちのせも友人からもらったレコードなのだが、熊倉一雄さんの歌うOPと加藤みどりさんの歌うEDの入った、キングレコード版は正真正銘のオリジナル。
しかし、記念館に飾られている水木プロから借りている展示品は滝口順平さんの歌うコロムビアレコード版なんである。つまりカバーヴァージョン。
保存状態はあんまりよくないけど、ちゃんとレコードはプレーヤーで演奏できます。

まわりの皆さんに「これはお宝だ」と言われることしきり。
ちょっと嬉しい。

その後、記念館の2階の企画展「鬼太郎ものしり大辞典」を見学される。
前にも見ておられるはずだが、いつ見ても新鮮らしい。
愛用のカメラに新しいフィルムを装てんして、写真をとりまくる。

しばらくすると、館内のお客様が御大に気づき始める。
最初は「え~、まさか~」だったのが、「ねぇねぇちょっと、アレ」に。
しかし、本日のお客様はとっても遠慮深い方が多く、フライングなしに皆さんがスタッフジャンパーを着たいちのせに「写真を一緒にお願いしてもいいでしょうか」とか「サインをお願いしてもいいですか」と尋ねてくださる。
公式行事のときなら御大にご無理をお願いするのだが、今回はあくまでもプライベート。一人にOKを出すと、フロアのお客様みんなが押し寄せてしまう。
申し訳ないと思いながらも「今日はプライベートでいらっしゃってますので・・・」とお返事すると、皆さんが了承してくださった。

御大はファンサービスは徹底していらっしゃるので、プライベートであろうとも頼まれればいくらでもご無理をなさいます。記念撮影もサインも、お断りになったことがありません。
でも、御歳83歳。後でものすごく疲れてしまわれるんです。
だから7月にいらっしゃったときには新しいブロンズもろくに見られなかったから、と今回の境港入りになったわけです。

皆さん、ご協力ありがとうございます。
おかげで御大は心置きなくゆっくりと好きなものを眺めていらしたようです。

御大をお見送りした後は、昨日から引き続いて産業技術フェアのドコモブースへの中継。
音声マイクがつながらなくなって、本当に携帯電話を握り締めながらの中継でしたわよ。

やっぱり自分の顔を見ながらの中継は勘弁して~!

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田中昌之さん パチンコ店で営業!?

昨日仕事帰りの車の中で。
ラジオから聴きなれたパチンコ店のCM。

早速脱線しますが、パチンコ店のCMって、地域によっては禁止されてるところがあるんですってね。
山陰ではテレビもラジオも流し放題。
毎日のように新聞にはチラシが挟まってきますよ。
しかもパチンコ店のチラシは裏が白いのだ。
切ってメモ用紙にしてます。

で、CMで何を言ってたかというと。
田中昌之さんがチェーン店をまわって、あの主題歌を熱唱!
・・・なんですと。
田中さんって、一部特撮ソングとか歌ってますけど、すっかりハスキーになったあの声で、普段は大人のライブ活動をしてるはず。
クリスタル・キングの名前を未だに引きずっている(言い方悪いけど、ごめん。そういう風にしか見えない)あの方ならなんとなーく、「ほー」ですんだような気がするけど、田中さんってのがちょっと(いや、かなり)びっくりだった。

残念ながらチェーン店が近くにはないらしい。
移動の合間に記念館にも来てくれると面白いのに。

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2005年10月21日 (金)

鳥取産業技術フェア

今日から3日間、鳥取市で産業技術フェアなるイベントが開かれているらしい。
で、docomoのブースでは毎日4回、FOMAのテレビ電話機能を使って、とっとり花回廊と水木しげる記念館からクイズを出す、という催しをやってるんである。
なぜか、記念館からの中継にはいちのせが顔を出しております。
今日は午前中に2回。
明日は午後から2回。
あさってはいちのせは休暇なので、リポーターさんが一人でやるか、うちの事務局長が出るでしょう。
うーん、やっぱり顔出すのはあと10キロはダイエットしてからにしていただきたい・・・。
携帯の画面に映ってる自分の顔、ぱんぱんだよ・・・。

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星矢冥王編のエンディング

聖闘士星矢 冥王編のエンディング主題歌はまつざわゆみさんが歌うことに決まったそうです。

まつざわゆみ公式ブログ:YUMIMANIA より。

こうやって着々と制作は進んでいるのね。
本当なら大喜びしているはずなのに・・・。
喜べない自分がここにいる。

もうあのオリジナルキャストを見ることはかなわないんでしょうか?
あまりにも寂しい結末です。

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2005年10月17日 (月)

ふたりのアニソン#3

去る10月10日、東京・ヤクルトホールでおこなわれた「ふたりのアニソン#3」に行ってきました。

いちのせは中学2年生の時に「ボルテスV」のED曲「父をもとめて」で、水木一郎という歌手を認識しました。
以来、28年間水木一郎という歌手を追っかけていることになります。
でも結局、「原始少年リュウ」から大好きだったんだよね。
あの頃は歌手を意識してなかったけど。
水木さんの曲の入ったレコード(当時はレコードだったの!)を買うたびに、好きだった曲の歌手がほとんど水木さんだったのを知って、とにかくひたすらあこがれてました。

山陰なんて田舎に住んでると、ナマの歌手を拝む機会など皆無です。
あこがれて、あこがれて、ちょうどアニメブームが盛り上がっていた時期だったので、アニメイベントで水木さんがゲストでやってくると知った時には、感動のあまり食事もそっちのけになって、本気で親に心配されたくらい。

初めてナマで聴いた水木さんの歌は「グランプリの鷹」でした。
会場は写真撮影や録音が自由だったので、当時の粗末なラジカセで撮った音は、今でも宝物です。
山陰にはその4年後にもう一度、同じイベントのゲストとして来てくださいました。

高校を卒業した年に、親に頼み込んで関西の親戚の家に一人で泊まらせてもらいに行きました。
太秦映画村での水木さんのステージを見るために。
当時はファンクラブの会報や水木さんのラジオの深夜番組にせっせと投稿していました。
映画村の客席で近くに座っていた人に名前を尋ねられて名乗ったら、わらわらと関西のファンの皆さんが声をかけに来てくださいました。
水木さんのファンってなんてアットホームなんだろうと、とても嬉しかったものです。

社会人になってからは、可能な範囲でせっせとライブに出かけるようになりました。
もっともその時期にはアニメソングは新人歌手のプロモーションの手段になってしまい、なかなかナマのステージを見る機会が減ってしまってはいましたが。
そうこうするうちに雄叫びブームがあったり、スパロボライブが始まったりと、現在に続く流れが出来始めました。

職場でもプライベートでも、水木一郎のファンだというのはまわりに話していたので、1000曲ライブのときにはいちのせはあの会場にいるものだとみんなに思われていたらしい。
でも実際はどうしても抜けられない仕事で、涙を飲んでテレビにかじりついていたのでした。
ファン生活の中でも一生の不覚だったと今でも思ってます。

そしてその翌年に、なんと某商店街の青年会が水木さんを呼ぶという。
当然いちのせとしては詳しいことを知るべく、問い合わせの電話をかけました。
「お詳しいですね・・・」
「はぁ。ファン歴だけは長いもんで・・・」
「じゃあ、スタッフを手伝っていただけませんか」
彼らは実際に水木さんのナマのステージを見たことがないという。
あれよあれよと、いちのせはスタッフになっていた。

おかげで3日間、水木さんのお世話をさせていただいて、それまでは顔と名前が一致していなかったいちのせの顔が水木さんの頭にインプットされてしまった。
そしてその年の秋、鳥取西部地震。
よりによってその2週間後に鳥取でのステージがあり、いちのせは自宅待機なのを上司にお目こぼししてもらい、でかけました。いちのせの住んでいた地域は震度6強なんていう揺れだったので、水木さんも本当に心配してくださっていたらしい。ステージで視線が合った途端に、ほっとした顔をしてくださったのが今でも目に焼きついてます。

そしてミッチ。
水木さんのファンなのに、なぜかお小遣いを貯めて最初に買ったのはミッチのLPでした。
毎日毎日飽きることなく聴いてました。
今年の8月、職権濫用して米子にコンサートに来たミッチに、現在勤務している某漫画家の記念館への招待券を贈りました。忙しい中、ミッチはスケジュールを調整して来てくださいました。

今回のステージを聴きながら、本当にお二人とも歌とその歌を愛するファンを大切にして、丁寧に丁寧に歌い続けてくださってるんだなぁと、しみじみ思いました。そしてそんな人たちのファンでいてよかったなぁと。
いちのせはやっぱり作品のためにつくられたアニメソングが大好きです。そんなアニメソングを歌ってくれる水木さんやミッチが大好きです。きっと可能な限り、ライブにも通って、自分でも歌って、愛し続けていくことでしょう。

そしてアニメソングを通じていちのせを受け入れてくれた友人たち。
ひとりでひたすらレコードを聴くしかなかった自分が、今ではどこのステージに行っても誰かが名前を呼んでくれる。必ず仲間がいるのです。これがどんなに嬉しいことか。
前に書いた地震のときにも、怒涛のように入ってくるメールと掲示板への書き込みに、余震で不安だった心がどんなに救われたことか。

水木さんに、ミッチに、アニソン仲間たちに心からの感謝を。
ありがとう。
そしてこれからもよろしく。

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2005年10月 2日 (日)

ミュシャ展

土曜日はお休みだったので、おきとうよくちゃんと島根県立美術館へ「ミュシャ展」を見に行ってきました。
島根県立美術館は指定管理者制度の適用で、サントリー財団系列が管理会社になっているので、企画展がとっても充実してきました。
以前なら天保山のサントリー美術館に行かなくちゃ見られなかったような企画展が、松江にまわってくるようになったんだもんね。
で、うちも会員同士の入館料割引などを提携しているので、ポスター掲示のお願いと一緒に招待券をいただきます。
今回は館長に来ていた招待状で、館長代理としてご挨拶も兼ねて見学。

ミュシャの画風というのは、かなりの割合で女性に好まれると思いますが、いちのせも大好きです。
特に今回の企画展のポスターになっている「黄道十二宮」は、かつて星矢で燃えていたいちのせとしてはよだれが出るような美しさを感じますね。

あのミュシャ特有の画風ばかりでなく、肖像画や民族運動の一環として描かれた絵など、とても充実した内容の企画展でした。
やっぱり背景になるチェコのお国事情とかは、浅く広くでもいいから知識として持っておいてから見るもんだな、とは思いましたけど。

ミュシャは写真をメモがわりによく使ったということで、絵のモデルなどを写した写真も公開されてました。
が、ホントにあの絵を描くために衣装などもそのままのものを着せてるんですね。
時代がずれてたらコスプレの世界だよ・・・。
ミュシャの絵そのままの「写真」・・・。

職場に来る招待券は有効に利用しよう。
今日はとってもそう思いました。

ああ、満足。

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