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2007年3月

2007年3月25日 (日)

GYAOのバナーを入れてみました

サイドバーにGYAOのバナーを入れてみました。

そんなに重くはならないと思うのですが。

ブログを開くたびに、バナーで紹介される作品が変わるので、何が出るのか自分でも楽しみにしてたりして。

こういうので地元では放映されない作品を見ることが出来るんですから、やっぱり便利な世の中になりましたよねぇ。

ちなみに、ジャンルはアニメに特化してますので、ひたすらアニメ作品の紹介です。

興味があったら見てみてね。

時々オンライン試写会なんてものもあります。

私は一度「手紙」という映画をこのGYAOのオンライン試写会で見ました。

映画館で見る迫力はないけれど、時間に縛られずに開始時刻を自分の都合で決められるのが魅力。

ただし、ご覧になる際には、スクリーンセイバーを切っておくことをお忘れなく。

映画や番組の途中でいきなりスクリーンセイバーに切り替わると、ちょっと悲しい(←経験者)。

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2007年3月24日 (土)

スパムトラックバック対策をしました

最近送られてくるトラックバックの9割がスパムなのですわ。

ほとんどがエロ画像サイトへからのトラックバック。

どうやらブログを更新すると自動的に送られるようになってるっぽい。

そういう技術があるんなら、もっと別の方向に建設的に使えばいいと思うんですけど、まあいちのせの理解の範疇外ではあります。

残りの1割は昔から争議をかもしている『言及のないトラックバック』ってやつです。

がーっとキーワード検索をやって、ヒットしたブログに手当たり次第にトラックバックを送ってるってやつ。

これがいいか悪いかは人によって見解の相違があるところですが、少なくともいちのせ的には自分のブログを読んだわけでもないやつに、『自分のブログを読んでね~』と自分の庭で主張されるのは不愉快なので、削除させてもらいます。

まあ、たまに先を読みに行くと、言及もリンクもないものの、ほう、そういう情報もあったのかというエントリがないわけではなので、そういうのは残します。

つまりはすべていちのせの主観が基準。

原則は『トラックバックポリシー』に書いてあるわけだから、そんなのを読まない検索トラックバックには自分のルールで対処しても、文句を言われる筋合いはありません。

これで、ブログの作法を普及させようと燃えている人なら、相手のブログに苦情のコメントを残すなり、自分のブログで記事を書いて、相手にトラックバックするのでしょうが、あいにくいちのせはそこまで正しいとされる作法について、喧々諤々やってらっしゃる皆さんのそれぞれの言い分について分析するだけの能力を持ち合わせておりません。

なので、無言で削除するのみ。

ついでにコメントについてもスパム対策をさせていただきましたが、これはちゃんとパソコンに向き合ってコメントを入れてくださる方には、ちょっとわずらわしいかもしれませんが問題はないと思うので、遠慮なくどんどんコメントを入れてやってください。

トラックバックは一時預かりさせていただいて、問題がなければアップするようになっています。

一応未成年も見てくれているのでね、こんなブログでも。

また、自分のトラックバックが一向にアップされない、と疑問をお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらも遠慮なくコメント欄にその旨お書き込みください。
極力回答はさせていただきます。

なんかエラそうだなぁ、今日の記事。

念のため、いちのせはまったくのど素人で、とりあえずブログ作法についてはよそ様を読ませていただいて納得したものを取り入れながら・・・という段階です。

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2007年3月23日 (金)

遭難しました(笑)

普通なら休日のある火曜日。
年に一度のお客様感謝デーのため、その日は午後から勤務でした。

お天気がよかったので、職場まで歩いて出勤。
所要時間約20分。
ウォーキングにはちょうどいい時間でしょ?

勤務時間のほとんどを接客で立ってすごし、勤務が終わったのが夜の9時。
またてくてく歩いて途中のスーパーで夕食用にお寿司とお惣菜を買い、スーパーを出たところではたと気がついた。

職場を出る時に、鞄に鍵を入れたっけ?

いつもなら職場の戸締まりや車に乗るために、すべての鍵をつけたキーホルダーを鞄に入れずに手に持って職場を出るのです。
でもこの日は徒歩だったのでキーホルダーは鞄に入れた・・・つもりだったんですが、入れた記憶がない・・・。
まさかと思って鞄の中を確認してみると、ない!
隅から隅まで探しても確かにない!

この時点で職場を出てからすでに40分も経過してる。
私が帰ったときにまだ仕事をしていた上司がまだいらっしゃれば取りに帰れるけれど、電話をかけてみたら既に時遅し。
ということは職場にもアパートにも入れない!

仕方なく実家に電話をかけてみましたがこれまた出ない。

ということは親父どのは不在、母は風呂にでも入っているのか。

とにかく今夜は実家に泊めてもらうしかないので、実家に向けて歩きながら少し時間をおいて母の携帯に電話。
ようやくつながって、風呂上がりの母に車でピックアップしてもらいました。

それから買ってあったお惣菜で遅い晩御飯。
客間に布団を出してもらって、一人暮しを始めて2回目の実家泊。
下着も寝巻も歯ブラシも借り物ですよ。

いやあ、鍵を忘れてはいけません。

唯一の救いは紛失したわけではなかったこと。
それこそアパートの鍵などは全部付け替えなくちゃならないところでした。

翌朝は職場の鍵が開いた頃に到着するように、実家から徒歩で40分。
いい運動にはなりましたが、繰り返したくはないものですな。

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2007年3月12日 (月)

人として

昨年の春ごろから、職場の雰囲気が劣悪になっている。

スタッフのチームワークは良いし、女性が圧倒的に多い職場には珍しく、どろどろとしたものがない、とてもいい職場だったのに。

たった一人。
それも発言権のある人物が全てをだいなしにしていくのだ。

二言目には『わしの言うことがきけないなら辞めてもらう』。
明らかなパワーハラスメントである。

本庁から離れた出先職場であるがゆえに、この職場を本当に統括しなければならない人たちにとっては、まったくの他人事であるらしい。
不条理なことで毎日怒鳴り声を聞きながら、びくびくして顔色を伺いながら仕事をしなければならないというのは、本当に精神的にきつい。

全ての正義が『わしの言うこと』だから、世間一般の常識だとか、現場での苦肉の策などは一切考慮されない。
あげくの果てには気に入らない人物からの挨拶は耳に入らないらしい。
「わしに挨拶をしないから」という理由で本当に解雇された人物がいるのには驚いた。

職種によってはそういう厳しい環境も必要なのかもしれない。
が、レジャー・サービス施設の(本当は名前だけなのだが)代表者たる者が、お客様の前で怒号を上げる、大声で他人の悪口を言う、好き嫌いで仕事の可否を決める・・・。

いつも笑顔で、サービスに対するモチベーションも高く、パートなどという立場の弱い身分でありながら、近隣では最高の接客が出来ていると断言できるスタッフに対して、『仕事が出来ない人は辞めさせる』だの、見もしないで『あんたたちはまともに仕事をしているのか』だの、少ないパート賃金に少しでも足しになるのならと、有給休暇を全日取得するように前の事務局長の時代から取り計らっているのを『わしなら有給休暇なんか一日たりともとらせん』とか。

こんなに人のモチベーションを低下させる名人には、私も初めて遭遇した。
それがこの土地では3大優秀経営者の一人だなどと、ちやほやされているのを見るにつけ、この土地にはもしかしたら将来がないのかも、と思ってしまう。

自分には感謝を求めるが、人には感謝をしない。
いや、自分が『人』だと認めない者は、すべて自分の道具だと思っている節がある。
だから、言うことをきかなければ捨てればいいという発想になっていく。
この人にとっての『人』とは、自分と同等かそれ以上の『肩書き』を持っている人のことであって、それ以外は人ですらないのだから。

だから、たとえば隣の市長などについてもあからさまにひどい悪口を言う。
手をとりあって頑張っていかなくちゃならないところにも、花を持たせることはない。
よそから高い評価を受けたイベントも、汗を流したスタッフにはねぎらいのひとつもなく、おいしいところはすべて自分がしゃしゃり出た。おかげで、前はしょっちゅう出入りしていた近隣の施設の職員さんの足も遠のいた。
このまま、どんどん孤立していくのではなかろうか。

人として、欠点があるのは仕方ないと思う。
ただそれを聞きたくない、認めたくないと思う人が、人の上に立ってはならないと思う。
自分にとって便利な道具と、耳に心地よいことだけをいう取り巻きばかりを大切にするならば、裸の王様と同じだ。

でも、こういう人って処世術には長けているわけで。
たいてい、結構上の地位にいて、いばりくさっているものだ。
そして、童話とは違って、正直に裸であることを告げる子どもは首を切られるんである。

私たちぺーぺーの庶民は、『ああ、また北の将軍さまの独裁が始まった』と、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つしかないんですな。

でもね、きっと人としては寂しい将来しか待ってないような気がするわけ。
そういう点ではかわいそうな人なのかもしれないね。
肩書きがなくなっても、その人のそばに残る人がどれだけいるんだろう。

別に金持ちでなくても食っていければいいし、権力者でなくても友達がいてくれればそれでいいと思うし。

『人が財産』と口に出してよそで講演するような人が、自分の部下を財産と思えないってのは、本当の意味ではその人は貧しいんだとしか思えない。

いい反面教師を持ったと思って、豊かな人間になりたいと思う。
でもその前にパワーハラスメントの嵐に耐えられるのかがちょっと不安・・・だけどね。

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